青木賢人(1994MS)
中央アルプス・南アルプスにおける
新期氷河地形の分布・編年とその形成環境
氷河地形は古気候を反映する地形であることから、古環境復元にとって重要な指標である。氷河地形に基づいた最終氷期の古環境復元を行うためには、
1 氷河地形の形成条件を「地形的条件」と「気候的条件」に分離する
2 地形形成年代を詳細に分離し、編年・対比を行う
3 広域の調査を行い、調査者による地点間の条件の不一致をなくす
ことが必要と考えられるが、これらはこれまでの古環境復元の際には考慮されていなかった。そこで本研究では以上の3点を明らかにすることを目的とし、中央アルプス,南アルプス全域の新期氷河地形について、モレーンを構成する礫の風化皮膜の厚さ,シュミットロックハンマー反発値を計測し、氷河前進期の年代推定と対比を行った。その結果、両山脈の全域で最終氷期後半の亜氷期中に大きく2期の氷河前進期が認められ、それぞれ最終氷期の極相期(LGM期,20ka前後),晩氷期の新ドリアス期(YD期,11〜10ka前後)に対比されると考えられた。
次に、この編年に基づき、LGM期,YD期のそれぞれに対比される氷河地形の形成条件の推定を行った。その結果、
1 地域,形成時代に関わらず、各氷体の均衡線高度は基本的に稜線高度に
よって規定され、稜線高度から200m以内に各氷体の均衡線高度が
成立する
2 南アルプスのLGM期には標高3,000m以上の稜線部について、
約2,800m付近に気候的雪線が成立していた
3 両山脈の全域で氷体の分布が稜線東斜面に偏る
4 LGM期からYD期への氷体の方位の移動が中央アルプスでは北東向きで
あるのに対し、南アルプスでは南東向きの氷体が見られる
の4点が明らかとなった。さらに、これらの結果を考慮した上で最終氷期の古気候復元を試みた結果、
1 LGM期には中部日本の太平洋側は降水量が著しく減少していた(現在の
50〜70%以下)可能性がある
2 LGM期には南アルプスまで西風下での降雪が見られたことから、両山脈とも
冬季には北西季節風の勢力下にあったと推定される
3 LGM期には南岸低気圧の勢力が減退していた
4 中央アルプスはYD期も北西季節風の勢力下にあった
5 一方、南アルプスはYD期に南岸低気圧による多降雪域に入った。
このことから、南岸低気圧の勢力回復が示唆される
などの点が示された。
以上の考察では、氷河の形成・分布は気候的条件のみで規定されていないことを示し、氷河地形の分布に基づいて古環境復元を行う際には、氷河の形成条件を局地的な「地形的条件」と広域的な「気候的条件」とに分離する必要があることを指摘した。さらに、この点に基づく古気候復元の可能性と資料を提示し、従来の研究からの要請にも応えたものと考える。また、YD期の氷河前進が太平洋側高山の広範囲で認定されたことは、日本列島周辺域の古環境復元へ寄与するのみならず、この時期のグローバルな気候システムの解明にも貴重な資料になるものと考える。