辻村千尋・青木賢人(1997)

東京都檜原村「都民の森」公園の利用状況(第1報)

学芸地理,52,35-42



<論文全文>

1.はじめに

 近年、労働時間の短縮や学校週五日制の導入に伴い、余暇活動の重要性が高まっている。一方、地球環境問題の一般化やアウトドアブームの隆盛など、自然環境への関心が高まっている。その中で余暇活動に、スキーや登山などの直接的なスポーツとともに、国立公園や自然公園の利用も多く行われるようになった。
 自然環境と人間が近接する自然公園の観光利用が増大するに伴って、この関係を検討する研究に対する要請は大きくなりつつある(小野,1992)。しかし、自然公園の観光利用状況に関する調査・研究は、観光に対する全国的な意識調査(社団法人日本観光協会,1983)などの一環として行われているものの、個々の公園の利用状況を定量的に検討した研究は数少ない。
 環境庁(1973)では中部山岳国立公園の上高地において、適正な利用者数(適正収容人数)を求める試みを行っている。具体的な現地調査としては、牧田・後藤(1990)、後藤・牧田(1990)が十和田八幡平国立公園の八甲田山で、また小野(1992)が大雪山国立公園において、登山客による公園利用が公園の自然環境に与える影響を検討している。また、福田・島津(1996)は、上高地への入園人数を見積もるとともに、アンケート調査によって利用者の志向、意識の類型化を試みている。地理学における、こうした研究の多くは自然保護を念頭に置いた自然地理学からのアプローチが多く、人文地理学からのアプローチはあまり見られない。鶴田(1994a,b)や滝波(1994)では、それまでの地場産業論的な観光地理研究をより社会科学理論に依拠したものとしたが、開発を受け入れる側の意識や、開発そのものの是非といったことには踏み込んでおらず、公園施設の存在は肯定された上で論が進められている。また、人間の利用の視点と自然保護の視点の双方からのアプローチとして、武田(1994)が大雪国立公園の地元当事者の、開発や自然保全に関する意識を、当事者のライフヒストリーから考察を試みている。
 以上の研究をふまえ、本研究でも自然公園とそれを利用する人間の関係について検討することの第1段階として、小野(1992)が用いた利用者の流動調査を、東京都檜原村に位置する自然公園「都民の森」において行った。小泉(1992)は、「都民の森」利用者が自然との接触の程度が低く、質の低い利用にとどまっていることを指摘している。しかし公園利用者の行動パターンや、意識などに関する定量的な調査は行っておらず、筆者の観察に基づいている。そこで、本研究では実際の利用状況の定量的把握に基づいて、「都民の森」利用者の行動様式を明らかにすることを目的とした。


2.「都民の森」

1)公園の概要

 「都民の森」は、1990年5月、東京都檜原村の三頭山南東斜面の都有林内に、東京都により建設された公園施設である(図1)。この公園の建設目的は、ブナ自然林、三頭の大滝をはじめとする、都内の残り少ない自然環境を多くの都民に開放し、自然に接する機会を増やすことにあった(東京都,1984)。開発対象地域の森林は、東京都に残存する数少ないブナ天然林を含み、自然度の高い生態系が保存されていた。そのほかにも、過去の寒冷期に形成された化石地形(小泉ほか,1982)など、貴重な自然景観が残存している。
 公園建設時には自然環境破壊を危惧する意見も多数出されていた(小泉,1989など)。事実、建設工事によってイヌブナ林の破壊や土砂の排出に伴う下層植生の埋積など、自然破壊が行われた。すなわち、「都民の森」は、貴重な自然環境にふれることのできる自然公園であるとともに、自然環境に対する大きな負荷を伴って建設された施設であると位置づけられる。

2)公園建設時に想定された使用形態

 東京都は「都民の森」の建設計画に当たって、基本計画案の設計を公開募集した。その際の募集要項である「都民の森基本計画案設計競技募集要項」(東京都,1984)には、「都民の森」の利用上の条件として、以下の5つが挙げられている。

第一項:森林と人間のかかわりを理解させるための学習の場として整備する。
第二項:春、夏、秋、三季型の日帰りレクリエーション地とする。ただし、早朝及び夜間の野鳥観察のための簡易な仮眠所を設けるものとする。
第三項:年間利用者は10万人程度を考える。利用については利用者数の増大を考えることよりも、一定の人数であっても1人当たりの利用時間が長くなるなど、内容の密度や質の高い利用のされ方ができるような配慮をする。
第四項:敷地内は原則として、管理用の車両等を除いて車両の通行はさせない。
第五項:身障者の利用については、できうる限りの配慮をすること。

 このうち今回の調査では、公園利用者の移動状況の定量的な把握から、公園利用状況の検討が可能な第2項および第3項の条件に着目し、公園利用者の人数,利用範囲,および利用時間などを明らかにすることで公園利用状況の現状を把握する。さらに、その結果に基づいて、建設計画当時に設定された利用条件の事後評価を試みた。


3.調査方法および結果

「都民の森」園内に4カ所の定点(図1)を設定し、開園(9:00)から閉園(17:00)までの間、利用客および車両数を計測した。なお、調査は紅葉シーズンの1996年10月12日(土曜日)に行った。なお、天候は曇天だが、行楽に支障のある天候ではなかった。

1) 駐車場での車両動向

 公園専用の第一,第二駐車場において、車両の動態調査を実施した。なお、公園の入り口に隣接した第一駐車場が「都民の森」の主駐車場である。第二駐車場は公園入り口から約1kmの地点に建設されており、第一駐車場(収容台数100〜120台)が満車となった場合の補助駐車場である。調査当日は第一駐車場が満車となった時間は14:05から15:15までの70分間であり、この間も車両の入出場は頻繁に行われていた。
 調査項目は、毎時の入場車両数、およびそのナンバー(陸運局)ごとの台数である。また、第二駐車場では、個々の車両の停車時間を記録している。結果は図2,3および表1に示した。
 「都民の森」を訪れる車両は東京都内からのもので66%を占め、隣接各県(神奈川,山梨,埼玉,千葉)を合わせると95%になる。車両のナンバーが直接に利用者の居住地を示しているわけではないが、この結果から「都民の森」利用客の多くが東京都民であること、および、十分に日帰りが可能な地域からの利用客が多いことが示された(図2)。

2)公園入り込み数の見積もり

 「都民の森」来園者の多くは、自家用車を用いている。そのほかに、公共バス、オートバイ・自転車、近接する集落からの徒歩の場合が観察される。このうち、調査当日、オートバイ・自転車の来園数は89台で二人乗りは観察されなかったので89名、バスによる来園者数は66名であった。徒歩による来園者は確認されなかった。
 次に自家用車による来園者数を見積もる。車両1台あたりの利用者数は計測を行っていないが、観察によると1台あたり2〜3名乗車の車両が多く、大型のワゴン車などでは5〜6名乗車の車両も観察された。また、1名乗車の車両は極めて希であった。したがって1台あたりの平均乗車数は少なくとも2〜3名程度、もしくはそれ以上と見積もることができる。福田・島津(1996)の上高地における調査結果では、1台あたり3名であったことから、この値は妥当なものと考えられる。調査当日に第一駐車場に駐車した総車両数は323台であるため、自家用車による来園者数は646〜969名程度となる。上記を合算すると、調査当日の入り込み客数は801〜1224名となる。

3)駐車場における利用客の動向

 調査当日、公園施設域に入場した人数は705名であった。この数値は、入り込み客数を最低に見積もった値よりも100名ほど少ない。このことは、「都民の森」駐車場を利用していながら、公園施設は全く利用せずに引き返した者が公園利用者の中に相当数いることを示している。駐車場には近接して便所、土産物屋、公衆電話などが設置されている。公園施設を利用せずに引き返した利用客の多くは、ドライブの中継点として、これらの施設のみを利用しているものと推定される。聞き取り調査によっても、こうした事例が確認されている。
 また、第二駐車場において各車両の停車時間を計測した結果、総数77台に対して30分以内の車両が68台と全体の8割を占めていた。充分に自然観察をおこなえたと考えられる90分以上の時間停車していた車両は、1台のみであった(図3)。また、駐車場から出て、車に戻るまでの所要時間は、ほとんどの人が10分までで、90分以上戻らなかった人は3人だけであった。調査当日は、第一駐車場が満車になってきた時間が1時間程度とかなり短かったにもかかわらず、多くの車両が短時間の利用を行っている。第二駐車場にもトイレが付設されていることから、ドライブの中継点としての利用が行われたことが推定される。このことは、より整備された施設を持つ第一駐車場においても、同様の利用形態がなされていたことの証左となろう。
 この利用形態に関しては、駐車場が満車となっているか否かによって状況が大きく変化することが予測されるが、公園の利用形態の一つとして注目すべきと思われる。

4)公園施設域における利用客の動向

4)-1「都民の森」の区域区分

 「都民の森」の公園施設は、自然改変の程度,設置されている施設から大きく3つの区域に区分することができる(図1)。
 駐車場から森林館にかけての地区(「出会いの森」地区)は、自然改変の程度が園内でもっとも大きく、森林館(ビジターセンター,研修施設),木材工芸館(木工体験コーナー)などの大型建造物のほか、飲料水の自動販売機,土産物屋,トイレ,舗装自動車道などが整備されている。ここを「人工施設域」とする。
 次は、森林館から三頭の大滝にかけての地区(「生活・冒険の森」地区)である。ここはスギ・ヒノキからなる人工林を中心とした森林内に、整備された遊歩道や休憩所(あずま屋),滝の観察施設(滝見橋),フィールドアスレチックなどが整備されている地区である。ここを「整備された自然観察路」とする。
 最後は、三頭の大滝より奥の地区(「ブナの森」地区)である。ここはブナ・カエデなどの広葉樹を中心とした自然林からなる地区で、遊歩道や、野鳥観察施設,休憩施設のほかは自然林に手が加えられていない。また、三頭山への登山道はこの地区に含まれている。この地区を「自然林域」とする。

4)-2地区別の利用客数

 公園内は地区ごとに性格が異なる。このことから、それぞれの地区を利用する利用者は、公園に対する利用目的、利用意識が異なるものと判断できる。そこで、人工施設付近と自然観察コ−スとで、どの程度人の流れが変わるかに着目し、利用者数の集計を毎時に行なった(表2)。計測はそれぞれの区域の結節点(図1)において行っている。
 都民の森を訪れた人のうち、「都民の森」最大の目玉であるブナ自然林を訪れた人は、61人で、全体(705名)の1割にも達していない。時間帯別に見ると、午前中の割合が高く、一日かけて登山,自然観察をする目的がうかがえる。すなわち、「自然林域」の利用客は、三頭山もしくは「都民の森」の自然そのものが当日の行動目的であり、比率は低いものの、積極的な公園利用者であると評価できる。なお、16:00〜17:00に利用客が増加するのは、調査当日の夜に山岳マラソンが実施され、その参加者が三頭山方面に向かったためである。
 自然観察コ−スの目玉の一つである三頭大滝を含む「整備された自然観察路」の利用客は170名で、全体の約24%であった(表2)。これは、「自然林域」の利用客も含む値である。時間帯別では20%前後の値で推移しているが、14時台には47%と極めて高い値を示している1)。これは、14時台のみ、第一駐車場が満車となっており、ドライブの中継点として公園を利用している利用客の比率が相対的に低下し、公園の利用を目的とした利用客が強調された結果であると判断される。自然観察路の利用率は全体として2〜3割程度と、かなり低い比率である。駐車場の満車状況を考慮しても、自然観察路以奥の自然度が高い区域の利用客は、全体の半数に満たない値となっていることが示された。
 「都民の森」利用客の7〜8割は、「人工施設域」の森林館,木材工芸館や売店、トイレなどの施設利用のみにとどまっていた(表2)。これらの施設利用のみでは十分な自然とのふれあいを持つことは困難であると思われる。「都民の森」設置目的である「森林と人間のかかわりを理解するための学習」(「都民の森基本計画案設計競技募集要項」第1項)が十分になされたとは考えにくく、質の高い利用がなされているとは言い難い。「都民の森」施設の有効利用を図るためには、こうした多数の利用客が「都民の森」に求めている内容、期待している内容を、聞き取りやアンケート調査を通じて明らかにする必要があると思われる。

5)利用者の意識

 公園の第一駐車場で若干の聞き取り調査を実施した。その結果、公園の利用目的には以下のようなものがあげられた。

1.ハイキング
2.
ドライブの途中
3.三頭山登山

 1と2は、公共バスで訪れた人に多く、自家用車で訪れた人はほとんどが3であった。また、1のハイキングにも利用者による意識の違いを感じさせるものがあるが、今回の予備調査的聞き取りでは断言できない。今後利用者の意識に合わせた聞き取りが必要であろう。


4.建設目的とのギャップ

  公園開園初年度の年間利用者数は、30万人を数えた。また、土石流災害(1992年)による制限が解除され、全面公開となった1995年度以降の年間公園利用者数は30万人弱となっている(東京都労働経済局,1997;表3)。この数値は、都が想定していた目標人数(10万人)を大幅に上回っており、集客目的は達成していると考えて良い。
 しかし、今回の調査の結果、利用者の多くは公園入り口付近の人工施設に集中しており、自然観察の重要なポイントには立ち寄ってないことが明らかとなった。すなわち、東京都の想定した一人当たりの利用時間が長く、より多く自然に接することのできる公園(「都民の森基本計画案設計競技募集要項」の第3項)という利用形態は満たされておらず、いいかえれば低密度かつ質の低い利用の比率が高いことが示された。また、公園施設そのものを利用せず帰る人々の存在も明らかであり、「都民の森」がドライブの中継点として利用されていることも明らかとなった。これも東京都の想定した施設理念(「都民の森基本計画案設計競技募集要項」の第2項)を満たしていない可能性がある。
 「都民の森」のブナ林は、都内では非常に貴重な自然林であると共に、自然教育の資産でもある(小泉,1992)。現在、「都民の森」には自然観察の案内を専らとするレンジャーなどは常駐していない。また、森林館は食堂、休憩所としての機能が主であり、学習拠点としてのビジターセンターの機能はほとんど持っていない。こうしたソフト面の改善を行うことが質の高い施設利用を図るためには必要であると思われる。貴重な財産の有効利用のためにもソフト面のより一層の充実が望まれる。


5.まとめ

 本稿では、「都民の森」利用の現状と東京都の想定との間に大きな違いがあることを指摘したが、利用者の意識や、周辺地域との関わりなどは充分調査していない。また、公園利用者の来園目的には大きな幅があり、目的意識による施設利用行動の違いや、同一施設に対する満足度なども大きく異なると考えらる。
 今後、これまでと同様の調査をより高密度に継続的に実施し,「都民の森」の利用状況を定量的に明らかにするとともに、公園施設利用者の意識調査を行い、利用者の行動様式や満足度の差異を検討することや、利用者の側から見た公園施設利用のあり方なども検討する必要があるだろう。また、周辺宿泊施設や商店などへの聞き取り調査などを実施し、「都民の森」の性格を明らかにし、今後の公園のあり方に関して具体的提言をしていきたい。